俺は玄関から動けなかった。
警察の調査には父親が立ち会い、リビングや寝室をうろうろとしていた。
時折、警察から質問をされ、その都度適当に答えた。

警察が、部屋のカーテンを開けた瞬間から記憶がない。

窓ガラス一面に、血文字が書いてあった気がする。
『俺男さん俺男さん俺男さん俺男さん俺男さん…』
おびただしい数の、俺の名前だった。

どうやら、気を失ってしまったらしい。
気が付くと、病室の天井が目に入った。
事態が把握できず、しばらくボーっとしていたが、
ようやく意識がはっきりしてきたので、ひとまずナースコールを押した。

「あ、気が付かれましたね?今お父様がいらっしゃいますよ」と駆け付けたナースが優しく声をかけてくれた。

「はあ…」
しばらくすると、父が慌てて病室に入ってきた。
「おい、俺男。大丈夫か?驚いたぞ。いきなり気を失うから」
「俺?倒れたの?」
「なんだ。覚えてないのか?」
「警察が来たのとかは覚えてる」
「今、お廻りさんと話できるか?」
「うん…」

先ほど家に来た警察が、病室に入ってきた。

「俺男さん。恐れ入ります。お話大丈夫ですか?」
「はい。すみません。なんか、倒れてしまったようで」
「こんな時に申し訳ないですが、なるべく早いうちに事情を聞いておきたいもので」
「大丈夫です…」
「おそらく、婚約者さんの犯行で間違いありません。今、警察署で話を聞いています」
「はあ…」
「初犯ですし、一応婚約者さんの自宅ということにもなっていますので、厳重注意になると思います」
「厳重注意?」
「はい。今後二度と同じ事を犯さない事を念書に書いてもらって…」
「捕まらないんですか?」
「今のところは」
「なんでだよ!!何なんだあの女!!信じらんねー!!俺が何をしたってんだよ!」
「俺男さん!落ち着いてください!」
「俺男、落ち着け!すみません。警察の方はまた後日来て頂いてもいいですか?息子がこの様子ではちょっと…」
「そうですね。失礼しました。また後日伺わさせて頂きます」

その後、鎮静剤を打ってもらい、眠りについた。

「俺男さん…俺男さん…」
ビチ子が、窓ガラスに血文字を書いている悪夢を見た。

目が覚めると、汗をびっしょりとかいていた。
今何時頃だろう。水を飲みたい。また鎮静剤をもらおうか。
ボンヤリと考えながら、明かりをつけるため手元のスイッチを探そうとした。
しかし、手が動かない。
薬のせいか?
無理に動かそうとすると、手首に痛みを感じた。
紐のようなもので、縛られているようであった。

「目が覚めた?」
ビクっと体が震えるが、何せ手が動かない。

声のする方向へ、恐る恐る目をやると、
暗がりの中にビチ子の顔が浮かんだ。
恐怖で声すら出なかった。

俺はまだ夢を見てるのか…?

「俺男さん…。愛してる…」
ビチ子がそっと口づけをしてきた。
それと同時に、腹がじんわりと熱くなり痛みが走った。
夢にしてはリアルな痛みだった。

血の滴るナイフを持ったビチ子が笑っていた。
視界がぼやけ、俺は意識を手放した。